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うつ病の娘…「頑張れ」以外に、なんて言葉を…

うつ病というと、何か特別な病気だと思っている人、結構多いんじゃないでしょうか。
私も、数年前まではそうでした。

 

実は、私はつい2年ほど前まで、「うつ病」ということで、病院にも通っていました。
デパスやパキシルなんかは、いつもカバンに入れて持ち歩いていたんです。

 

で、私がそもそもこの病になった初期のころ、それはそれは「グレ」ました。
もう、一生治らないんじゃないか」とか、「これからの人生、夢も希望もない」とか…

 

母をはじめ、周りも見て見ぬふりをしていましたから、そんなことにも苛立っていました。
どうせ、他人事なんでしょ、って。

 

でも、今振り返ると、みんなどうしていいか分からなかったんですよね。
「頑張れ」とか言っちゃダメって、医者も言っていましたから…

 

自分の娘が病気で辛そうなのに、「大丈夫だよ、頑張って」が言えない…
ある意味、周囲の方が辛かったんだと思います。

 

「頑張れ」以外に、なんて言葉をかければいいのか…
医者はそこまでは教えてくれませんでしたから。

 

だから、とにかく母がしてくれたのは、何事に関しても「投げやり」になっていた私を責めないこと。
あとは、「興味を持てるようなこと」を一所懸命に探してくれることでした。

 

何かに夢中になって、「楽しい」と思えるようになれば、きっとこの子にも「笑顔」が戻ってくるだろう…
そんな風に考えていてくれたようです。

 

うつ病は、熱が出るわけでもないし、咳をするわけでもないから、介抱の仕方も分からない。
何もしてあげられない…

 

しかも、当の本人も「周りは何もわかってくれない、何もしてくれない」と思ってしまう…
とっても難しい病気なんだわ、と、この時初めてそう思ったのでした。

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子供たちのうつ病のサイン
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高校生のとき 私とうつ
中学3年のとき、父親との言い合いの後で、初めてリストカットをしました。 その後も自傷行為は癖づいたように続き、高校1年の夏に、それが両親に発覚します。

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