×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

学校や家庭でのストレスからうつ病に

わたしは子供の頃から体が弱く、友達と遊ぶことも、学校へ通うことさえ困難でした

 

登校しても友達の輪には入れず、次第に「学校嫌い」になり、学校へ通うことをプレッシャーに感じるようになりました。

 

中学に上がり、体のほうは丈夫になってきたものの、消極的な性格は変わらず、両親に心配をかけないためだけに登校する感覚でした。
イジメというほどの行為はなかったものの、ちょっとしたちょっかいに過剰に反応し、ストレスは溜まっていきます。

うつ病画像

 

それが次第に

 

「逃げ出したい」
「いっそ死んでしまいたい」

 

という黒い感情を形作るのは時間の問題でした。

 

何をしていても気分が晴れず、食事は少しの流動食、睡眠は1日2時間程度という日々が、中学生活の大半を占めました。

 

中学3年のとき、父親との言い合いの後で、初めてリストカットをしました。
その後も自傷行為は癖づいたように続き、高校1年の夏に、それが両親に発覚します。

 

心療内科へ連れられたわたしは、うつ病であると言われ、通院でのカウンセリングを受けることになります。

 

同時に薬も処方されましたが、どちらもわたしには合わなかったのか効果は感じられず、高校生活がままならなくなりました。

 

高校を自主退学し、しばらくは本当に何もせずに日々を過ごしました。
腫れものに触るようだった両親も、心を砕いて明るく接してくれ、家族の時間を多く取ってくれました。

 

半年後、わたしは通信制の高校に入学しなおし、そこで同じような理由で入学してきた仲間と出会いました。

 

まったく異なる理由で通学している人たちとも出会い、それまでに「普通の学校」で感じていた疎外感や、ストレスは無くなりました。

 

自傷行為や摂食障害は気づけばなくなり、毎日を楽しく感じられるようになっていました。

 

誰もがわたしのようにストレスから逃げ、環境を変えられないのは承知です。

 

ですが、逃げることは悪いことではないのだと知ってほしいです。

高校生のとき 私とうつ関連ページ

うつ病の娘…
母がしてくれたのは、何事に関しても「投げやり」になっていた私を責めないこと。 あとは、「興味を持てるようなこと」を一所懸命に探してくれることでした。
うつ病の娘に「頑張れ」は厳禁?
私がそもそもこのうつ病になった初期のころ、それはそれは「グレ」ました。 「もう、一生治らないんじゃないか」とか、「これからの人生、夢も希望もない」とか…
子供たちのうつ病のサイン
もし、息子さんや娘さんの言動から、うつ病かもしれない、と思ったら、すぐに話を聞いてあげてください。

このページの先頭へ戻る